『恋しくて』で、恋しくなる
読みはじめたばかりの『恋しくてーーTen Selected Love Stories』。収められた10編個々の内容についてはまたの機会にしようと思うが、編訳の村上春樹さんによるあとがきの最後の部分を引用させていただく。これを読むあなたは「恋愛」、していますか。そうたずねたい気持ちを込めながら。
しかしここに収められた作品をひとつひとつ読んでいくと、人を恋するというのもなかなか大変なことなんだなと、あらためて痛感しないわけにはいかない。あなたの場合はいかがですか? 僕個人の場合もーーいちいち細かく説明しているような紙数はないけどーーそれなりに大変でした。
でもたしかにいろいろ大変ではあるのだけれど、人を恋する気持ちというのは、けっこう長持ちするものである。それがかなり昔に起こったことであっても、つい昨日のことのようにありありと思い出せたりもする。そしてそのような心持ちの記憶は、時として冷え冷えとする我々の人生を、暗がりの中のたき火のようにほんのりと温めてくれたりもする。そういう意味でも、恋愛というのはできるうちにせっせとしておいた方が良いのかもしれない。大変かもしれないけれど、そういう苦労をするだけの価値は十分あるような気がする。
しかしいろいろ事情があって、今はなかなかそういう実践もできなくてという方は、どうか代わりに心静かにラブ・ストーリーを読んでください。今実際に恋をしていて、気持ちが高ぶってしかたないんだという方も、少し心を落ち着けるために、あるいは様々な愛の形を知るために、ラブ・ストーリーを読んでください。物語にはいろんな実際的な効用がある。これらの物語の中に、あなたの心の形にうまくフィットするものがあることを、それがあなたの心を少しでも温めてくれることを、編者としては希望するばかりだ。
『恋しくてーーTen Selected Love Stories』』
編訳:村上春樹
発行:中央公新社